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死と絶望の狭間で生きている【神(創造主)】こと、自分。

なぜ自分が神(創造主)であるかと言えば、

周りの景色がどのように見えるのかを、

自分自身が決めているからだ。

言うならば、その景色を創ってきた存在である。

かと言って、思い通りになるわけではない。

あらゆるものを定めてきた神、創造主こと自分が、

その創ってきたものたちに苦しめられている状態だ。

言うならば、ロボットを創った人間が、その創ったロボットに支配される、

みたいな状況になっているわけだ。

つまりは、神、創造主こと自分が、

死を目の前にして、いかにして生きていくべきかを悩んでいる。

結局、神、創造主と言えど、

資金を創造できる力もなければ、偽札をつくったところで、

また捕まるだけだろう。

そもそも、神、創造主こと自分が、警察に捕まる、という時点で、

こちら側からすると納得がいかない。

なぜならば、自分が、神、創造主だからだ。

あらゆる存在が、神、創造主こと自分の事を愚弄している。

ここで、神、創造主とは言ったものの、

その神、創造主である自分自身が、

心の優しさからか、人間として堕ちてきてしまったため、

人間の限界を超える神的な力を発揮できないでいる。

雪だるまをつくったぐらいで、マンションのオーナーに、

公共の場所だから云々と注意され、

親には家賃を払ってもらっているからと遠慮しながら生きている事も、

本来は神としての在り方ではない。

ただ、神も怒るときは怒るので、

人間として存在している時でさえも、

いかにして、その怒りを発散するか、

合法的に自分という神、創造主を支持しない、または、

あれこれと指図する奴らに対して、苦しみを与えていくかを考えている。

やはりこれは、神、創造主としての自分の力を発揮するしかないだろう。

しかし、ここにおいても、神、創造主である事実はあろうとも、

人間の身体を持ってして今を生きている事と、

神、創造主としてまた再び存在するのかもわからない。

言ってしまえば、自分が消滅するとともに、この世界も消滅し、終わりの場合もあるだろう。

だからこそ、人間の身体を持ってして、神としての在り方、力を発揮するのは難しい事だ、

そもそも、創造したはいいものの、想像以上に、この世界は進んでしまっていて、

自分がもう統治できる状態にない。

誰しもが、自分という神、創造主を信じる技量を持っていない。

神、創造主とは言え、支持されなければ終わりだ。

つまり、神、創造主としての力を失ってしまう。

せいぜい、自分の思い通りになることと言ったら、

死ぬ間際、しかないだろう。

死刑を覚悟で、何かでかい事件を起こすか。

そもそも、神としての優しさがあるため、

直接的に怨んでいる奴、または、神が「こいつは許さない」と

思った人しか殺すつもりはない。

なぜならば、神、創造主こと自分は、優しいからだ。

無差別なんてのはもってのほか。

殺すときは、徹底的に、差別、差別だ。

そして、神、創造主である自分は、今悩んでいる。

そもそも、「許さない」と判断したのはいいものの、

その「許さない」という判断をくだされるほどの状況に本人が追い込まれていて、

言うならば、反感を買うまでの性格であるならば、

その当人が悪いだけなのかどうか、という事だ。

そもそも、そいつを誕生させた親が悪いのではないか。

いや、その親を誕生させた、その親の親が悪いのではないか。

この、今、「許さない」と判断したまでの間で、

どこからがそいつをそうたらしめた原因たりえるのか。

それが問題だ。

しかし、神、創造主とは言えど、それを確定させることも出来なければ、

類推することも出来やしない。

つまりは、神、創造主もまた、絶対的なものではなく、

ただの個人、でしかないのだ。

そして、話は戻るが、たとえその「許さない」と思った奴を殺すとしても、

自分という神、創造主が、そうであると認める奴がいるかどうか、

それ以上に、精神鑑定の問題が先に出てくる。

そこで、「うまくやらなかった」ならば、死刑は確実だ。

神、創造主と言えど、死刑になっては困るし、怯える。

生きたくもないが死にたくもない神、創造主こと自分にとって、

国家に殺される事は、恐怖であるからだ。

ただ、生きていく事もまた、困難を極める。

生活費をどこかから調達しなければいけない。

法律に引っかかるやり方をしたならば、当然捕まる。

そうなれば、捕まっている間の家賃の問題も出てくる。

神、創造主と言えど、国家による抑圧、殺人(死刑)を、

常に念頭に置き、怯え続けながら生きていかなければならない。

つまりは、今、人間として生まれてきてしまった以上は、

国家が統治、つまりは神、創造主的な立ち位置になってしまった。

人が生きるか死ぬかも決めてしまう、極めて、一神教的なものだ。

逆らったら罰を与えられる。

死刑という形で、殺人さえも許される。

そう、殺人が悪いと決めている国家が、殺人をしているのだ。

こんな世界で、神、創造主こと自分は、

人を殺す事も直接には出来なければ、

生きていく事も困難を極め、自殺を迫られている。

そう、神、創造主こと自分はもはや、

神、創造主たり得ないのだ。

この世界に怯えながら、

この世界の国家という凶悪組織に怯えながら。

人間として、これから、神、創造主は、生きていかなければならない。