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2014年12月 記事一覧

「説教」という行為の性質について

 説教という行為は基本的に、多様性を認めず、自分の意見を他人に押し付けようとする性質を持つ行為である。しかも、その性質からして、説教する側が優位に立つという権力関係も生じることになる。  ただし、自...

不自由な「創造主」としての「自分」

 「自分」は「創造主」であると考えられる。「自分」にとっては「自分」が観測したものしか実在しているとは言い切れず、その前提となる周囲の環境も予め実在していたわけではなく、「自分」が観測することによって...

「アンチ」という名の「広報担当」

 本当にアンチになりたいのであれば、アンチ行為すらやめたほうがいいだろう。もしその行為が決定的に痛手となり、活動休止や引退に持ち込めるほどのことがあるのだとすれば、確かにその行為も有効であるかもしれな...

「猥褻(わいせつ)物」の曖昧さについて

 何を「猥褻(わいせつ)」と思うかは人それぞれ異なり、「猥褻(わいせつ)物」という表現もまた非常に曖昧である。人によってはどんなものであっても「猥褻(わいせつ)物」になりうる可能性を孕んでいる。  ...