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嫉妬される「美形(美男美女)」の悲劇

 同性の美形に対してはその価値を認めたくないという意志が上回って悪口を言ったりする一方で、自分より少し劣るくらいの顔の人を可愛い、あるいは「格好いい(かっこいい)」などと言う人達は少なくない。例えば、色白な美形の男に対して、肌が白すぎて不健康そうだと言う一方で、色黒で肌が汚く、目の輝きも全くないような男を「格好いい(かっこいい)」と言ったり、もはや不細工だと明確に断言してもいいような男を「渋い」と言って褒めようとする男や、可愛い美形の女には「性格が悪そう」などとレッテルを貼ったりする一方で、自分より少し不細工な女を「可愛い」と言ってみたり、身長が高いだけで顔は全くもって間抜け面をしてしまっているような女を「格好いい(かっこいい)女性」「憧れの女性」などと言ったりする女などがそうである。

 同性によるそのような発言の効果は非常に大きく、結果として「中間より少し上か下」とでも言えるような、無難な顔の男女が人気を博すことになりやすい。ともかく人気さえあれば撮影やメイクの環境を整えることもでき、本人も美容に気を遣ったり、エステに通う資金的余裕も出来たりするため、元々の顔は大したことがなくとも、それなりにマトモな顔にはなっていき、それがまさしく「美男美女」であるとして既成事実化され、露出が増えるにつれてその洗脳はさらに強化されていく。

 また同様にして「不細工(ブサイク)芸人」と呼ばれる人達などは、ほとんどの人が嫉妬することがなく、安心して見下すことができるため、このような人達もまた人気を博すことになりやすい。露出が増えれば収入も増えることになるはずなのであるが、一部分しか見ていない多くの人達はそのような裏側を強く意識することがなく、安心して楽しんでいられるほどに麻痺しているわけである。

 結局のところ、同性に嫉妬されていては、いつまでも「美男美女」はその価値を評価されにくいのであり、とりわけこの世の中は「存在そのものの価値」を認める人が少なく、おおよそ「市場価値」と「価値」を全く同じものとして捉えている人が多いため、本来的な「美男美女」にとっては非常に不利な状況であると言っていいだろう。

 このような状況において「美男美女」が評価されるためには、徹底的に露出され、異性による絶大な評価や、嫉妬に左右されない実力による評価が必要になったりするわけであり、そこに至るまでには当然のことながら権力者が必要になることが多く、性行為を含めた接待が必要になる場合も少なくないし、そのような接待をする機会すら与えられない人も多いだろう。しかも、そうまでしても上手くいくとは限らず、結局は同性の嫉妬が目立ってきたり、カネにならなかったりすれば、露出は減っていくことにならざるを得なくなる。

 そういった事情があるため、おおよそ嫉妬されにくい「中間より少し上か下の顔」の人達や、全くといっていいほど嫉妬されない「不細工(ブサイク)芸人」の露出が増え、彼らが裕福な生活をする一方で、むしろ本来的な「美男美女」などは、誇りを捨てて普通の職業に就いたり、フリーターであったり、カネのために仕方なく結婚して主婦をしていたり、あるいは引きこもりであったりもするわけである。