メニュー

「海外の反応」に依存する日本人について

 日本という国に対する海外の反応が良いというだけで、日本人であることを誇りに思い、満足している人達というのは、全くもって愚かである。彼らは自分という人間ではなく、国を誇りにしている時点で愚かであるし、価値判断の基準において他国に主導権を握られてしまっていることに気づかずに喜んでいるあたりも愚かである。
 確かに、日本は島国であるから、海外の反応に敏感になるのは無理もないことではある。しかしながら、そうした反応が本当に日本をよく理解した上でのものかといえば、そうではないだろう。日本文化はともかくとして、実際に日本に住んでいるならば、いかに日本が閉塞感に満ちた国であるかを意識させられてきただろう。
 海外の反応に依存している人達の中には、当然のことながら普段から日本を誇りに思っている人達もいるが、日本という国が嫌いで仕方がないにも関わらず、海外の反応が悪くないのを確認して喜び、不満を持ってはいながらも仕方なく日本で生きていく上での糧にするという人も決して少なくないようである。
 国という括りで自分を満足させなければいけないというのは、極めて切羽詰まった状況ではないだろうか。もし自らに誇りを持つことができれば、国を根拠として誇りを持つ必要がないわけであるし、海外の反応に依存することなく、自分が判断すればいいだけのことであろう。